たとえば雨のしずくのように
習い始めの頃
一番うまくいかないことは
「脱力する」ということのようです。
一生懸命譜面を読んで、
指を指示通りに動かして、
1ト、2ト、3ト…
自分では気がついていないけれど
指、手の甲、ひじ、肩…
カチカチになっています。
力んでいるつもりはないはずなのに
自分の手を見たら、
鍵盤に触れていない他の指が
ピン!とまっすぐにつっぱっていませんか?
手のひらいっぱいに力を込めて
パンパンに張りつめた状態で
両手を打ち合わせてみてください。
パチッと小さくはじけたような音だけしか出ませんね。
今度は手のひらの力を抜いて
腕もひじも柔らかく、
手首もしなやかに打ち合わせてみましょう。
パァン…!と豊かな深い響きが出るでしょう?
脱力、力を抜くというのは
クラゲのようにぐにゃぐにゃになることではなくて、
身体の自然な重みを利用するということです。
手の甲から指が自然に伸びて
その重みがしずくのように
指先からしたたり落ちることを、
いろんな風にイメージしてみましょう。
木の葉からほろりと落ちる朝露のしずく。
パンケーキの種をスプーンで持ち上げて
ぼたっと重たく落とすところ?
雨上がりの散歩、
きらきら輝くお日さまを見上げたら、
ピタン!とおでこに落ちてきた一滴!
ちいさな一滴に思いがけない
「打つ力―重み」があることに驚くでしょう? それを充分に感じてみましょう。
ハノンのような練習では
こんなことをイメージしながら
決して先を急がず、
音符の一粒一粒を
ぽとーん、ぽとーんと落としていきます。
速く弾くことばかりに気をとられてはいけません。
手指に不自然な力みがあると
絶対に速く弾けません。
なかなかうまく落とせない?
そんな時は背筋や腰も観察。
指、手の甲、手首、腕、肩…
支えている上半身がまっすぐ腰に乗っていますか?
猫背になったり
左右のどちらかにゆがんでいませんか?
これも同じ、
腰に上半身の重みを乗せる感じです。
それから片手で弾いている時
使っていない腕はどうなっているでしょう?
「なんとなく」椅子の端で
つっかえ棒のようにして身体を支えていませんか?
これでは中心がゆがんで
重みを指先にまっすぐ注ぎ込めません。
緊張してどこかに変な力が入っていることはありませんか?
これは習い始めの頃に多いことです。
使わない腕は楽にして
自然に膝に乗せておくといいでしょう。
休ませておく、という感じです。
(
身体の横に垂らすのは
背筋がまっすぐ腰に乗っている状態が確保できるようになってからの方がいいと思います。)
鍵盤と身体はゆったりと、充分に腕が自由に動くようにゆとりをもって座ります。
深呼吸して、肩をすとんと楽に落として、落ち着いて練習です。
小さい人は、重みをかけて弾くことはまだ難しいけれど、背筋をまっすぐにのばして、
それからぽったんぽったん、指先を丸くして弾くことを心がけましょう。
その時に無理に指を高く振り上げないように!
ゆっくりよく聴きながら
そして指先の感覚に注意を向けて弾くことが大切です。
これは自分の身体感覚に
敏感になるための練習でもあるのです。
脱力の感覚がつかめると
とても楽に、自由に弾けるようになります。
生き生きとしたタッチで
少しも疲れず、なめらかに歌えます。
指先で歌う感覚がとってもとっても楽しいのです!
この、
脱力した重みで音の芯をこつんと当てることが
基本のタッチ。
これができるようになれば
指を柔らかくひろげて
そっと抑えるようなやさしいタッチも作れます。
どんなにふんわりした真綿のような音でも
ちゃんと響きの芯がその中にあるからです。
絵にたとえれば
鋭いくっきりした線
淡い柔らかな刷毛で描いたような線
いろんな表情を描くことができるようになるということです。
ピアノはそれを
指先から作った音色と響きで描くのです。
表情豊かで
生き生きとした自分の音が出せるように
想像力を使って
基本のタッチを
しっかり練習しましょう。
ピアノの音は押せば「出る」のではなく
自分で「出す、つくる」もの。
さあ、
今日から美しい響きをつくる練習を始めましょう―。