弾くこと、歌うこと
このHPには、「歌」「歌う」という言葉がたくさん出てきます。
もしかしたら「弾く」という言葉より多いかもしれません。
レッスンでも
「ここでブレスしましょう」
「ここからは新しい息で」
「新しい声で歌いなおして…」
歌、歌、歌、うた…
ピアノのレッスンなのに、どうして?と最初はとまどうでしょう。
歌うというのは、自分の身体を楽器にして演奏することです。
心と身体はぴったりつながっていますから、
悲しい歌は悲しそうに、楽しい歌は楽しそうに、すぐ歌えるはずですね。
ピアノはどうでしょう。
ピアノは弾く人の身体から離れた楽器です。
管楽器のように自分の息を吹き込んで鳴らすものでもありません。
しかも巨大です!
自分の身体の一部だと思うことはちょっと難しいですね。
このふたつの楽器は正反対のように思えます。
でも、とても深い関係にあるのです。
まず、歌のことを考えてみましょう。
歌を歌うとき、心を込めて歌いましょう、とよく言われます。
歌は歌詞がついていますから、
歌う人も聴く人も、表現しやすく伝わりやすい。
…でもそんなに簡単なものでしょうか?
自分の身体を楽器にするということは、
身体と心の調子が演奏に大きく影響するということです。
風邪をひいてしまって声が出ない…
エアコンのせいで喉がカサカサになってしまった…
こんなことのないように、しっかり自分で自分の身体を楽器として扱い、
管理しなくてはなりません。
身体だけではなく、実は心も切り離さなくてはなりません。
飼っている猫ちゃんが死んでしまった…
失恋して涙が止まらない…
こんな気持ちではとても歌なんか歌えない…
心と体がぴったりつながっている楽器だからこそ、起こることです。
これでは困ります。
気持ちを込めて歌うといっても
その気持ちを乗せる声を、
楽器としてしっかり出せることが大前提です。
ではピアノはどうでしょうか。
何度も言いますが、ピアノは押せば勝手に音が出てくれます。
風邪をひいても、失恋しても、同じ音です。
手は音階の練習、頭のなかは
「これが終わったらおやつになにを食べようかな…」
時々こんなこともあるでしょう?
歌は歌詞があるので
全く別のことを考えて歌うことはできませんが、
ピアノはへっちゃら。
でもこれもやっぱり困りますね。
演奏している音楽がこんな風に自分と切り離されていては、
自分の演奏、自分の表現とは言えません。
ピアノの勉強には歌を、歌の勉強にはピアノを。
二つの楽器の特性を取り入れあうことは
とてもよい相乗効果があります。
歌は、自分の身体と心から演奏を生み出す、
という感覚を身につけることができ、 ピアノは正確な音程と、
自分の演奏を客観的に聴いて独りよがりな弾き方(歌い方)をしない
ということを身につけることができます。
ピアノを弾くときの身体の使い方には
歌うときと同じものがたくさんあります。
たとえばフレーズの切り方、つなぎ方など、
ピアノの演奏も呼吸がとても重要です。
これらを早くから身に着けるためにも、どんどん歌を歌ってほしいのです。
ピアノは好きだけど、歌は苦手…という人はたくさんいます。
だいじょうぶ、なにも本物の歌手にならなくてもかまいません。
誰もいないところ、そしてよく響くところ…
そう、お風呂の中で歌ってみましょう。
小さな声でも、少しずつ気分よく歌えるようになりますよ。
歌うことを毎日当たり前にしてしまいましょう。
それができるようになったら、
もっとていねいに発音してみる、音程をきれいに乗せる…
どの言葉に一番想いを込めたいか考えてみる…
こんなことを遊び気分で試してみましょう―もちろん、お風呂でどうぞ!
どうしても歌は苦手、というなら
オペラのアリアや歌曲、好きな歌をどんどん聴いてください。
心の中で歌手になりきって歌う、それだけでも効果があります。
ピアノで歌う―
それはピアノと心がひとつになって、初めてできること。
そして歌はすべての音楽の源、音楽の泉です。
今日からこの泉にもっと親しんで、
あなたの演奏を豊かな潤いで満たしてくださいね。